世界は開けている

パラレル求人で大体20社くらい取材して思ったのは、世界は開けている、ということだ。

これまで、日本酒、防災、音楽、農業、食、地域おこし、スポーツ、教育など、様々な分野の方々に話を聞いてきた。

みんなまさに開拓者。「そんなやり方あるんだ」といつも驚き、テンションが上がる。

ただ、ここだけの話、発想が新しすぎて会話についていけないこともある。

そんな時は記事がなかなか出来上がらず、あまり綺麗にまとまらないんだけども、意外にも(?)そんな記事の方が反響が大きい。

 

手前味噌ながら、縁あってかなり多様でユニークな方々に取材させてもらっている。

こんなにおもしろくて新しくて価値が高い事業、他にやっている人たちいないでしょ、と勝手に思いながら記事を書いている。

もちろん、ただおもしろいだけではない。向き合っている課題も、「これ解決できたらすごいよね」と多くの人が感じるものが多いと思う。

周りの人からは、社会課題に向き合っているベンチャーに取材しているんですか?と聞かれることもある。

僕としては別にそう意識しているわけではなく、僕の周りの人が興味ありそうなこと、僕個人の主観で見聞きした瞬間に「ワッ!」となるところへアポイントさせてもらっている。

 

社会課題とは何か、と取材する中で考えることが増えてきた。課題と”社会”課題とは何が違うのかということだ。

何となく、社会課題は一般的な認識では「解決すべき課題だけど儲からなそう」と思われてる気がする。いざ自分がやることを考えるとネガティブな感じ。

僕は話を聞いていて、魅力的で壮大だと感じるし、推進している人たちも大きな絵を描いている。

ただ、まだ開拓されていないからマーケットが不明確で、課題に対する解決策も最適化の途中で、顧客のニーズも潜在的(まだみんな気づいていない)だけなのかなと思う。

そこが難しいところで、踏ん張りどころ、だから強い執念を持った旗振り役がいるベンチャーしか向き合えない。

 

例えばダイエーはすごい会社だったと思うし、当時の社会課題を解決していたのではないかと思う。

創業者は戦争経験者で、餓死寸前まで追い込まれた壮絶な体験をしたそうだ。

そんな当時の時代背景を考えると、腹いっぱい飯が食えるように、価格をとにかく下げていくという価値提供は素晴らしいものだったと思う。

今では、大量生産・大量消費への価値が感じられにくくなっているが、それも時代の流れで、当時はそれがいかにありがたいことだったのかということを、想像は出来る。

そんなことを思うと、今社会課題に向き合っていると思われている企業は、10年後20年後には、マーケットの中で特別な存在になっているのかもしれない。

言い方を変えると、多くの企業が参入してくるほどのマーケットを作った、開拓者と認識されていることと思う。

そのときには、もはや社会課題という呼び方をされていないだろう。

むしろ、これからは社会課題の中にこそ、新しく魅力的なマーケットがごろごろある、と勝手に思い始めている。

 

だから僕らはそんな新しい世界との接続を担っていきたいと思っている。

何かと暗い話題が多い時代。少子高齢化、成熟社会、新興国の台頭、AIに仕事を奪われるなどなど。

課題先進国というのは少しだけポジティブな言い方だけど、課題先進国だから、どんなことをすればどんな未来が開けているのか、そこにフォーカスを当てなければいけない。

そんな世界を見て、開拓している人が確実にいる。

だから、そこへの接続を作っていきたい。

個人の多様性が尊重され、個人として生きることが推奨され始めた。

おもしろい世界は確実にあるのだから、いかようにでも出来る。どうするかは自分次第。

僕が想像していた以上に、世界は開けていた。